東日本大震災の行方不明者はどこに? 2024年現在の人数や推移まとめ

東日本大震災から3月11日で13年が経ちました。岩手・宮城・福島3県中心に災害関連死を含む死者1万9702人、行方不明者2520人、合わせて2万2222人。未曽有の大災害です。
亡くなられた方のご冥福をお祈りするともに、震災復興が進みますことを心から願っています。
今なお、捜索が続く行方不明者ですが、どこに行ったのでしょうか? 今後、死者や行方不明者を出さないため、地震大国日本の今後の震災対策はどのようにしていったらいいのでしょうか?

東日本大震災の行方不明者はどこに行ったの?

東日本大震災は、その発生当時、私たちは、大津波によって家屋や車が津波の引き波によって海に流されていくという、これまで目にしたことのない、信じられないような光景をを目にしました。
東日本大震災の行方不明者は、大津波の引き波で海に流されてしまった人も大勢いると思います。
東日本大震災から13年が経ちました。改めて、亡くなられた方のご冥福を心からお祈りします。

2024年現在の東日本大震災の行方不明者の人数が発表されました

警察庁によりますと、東日本大震災による行方不明者の数は岩手県、宮城県などを中心に2520人で、去年から3人減りました。死者の数は宮城県で9544人、岩手県で4675人、福島県で1614人など、12都道府県で合わせて1万5900人で、去年から人数は変わっていません。また、岩手県と宮城県では、いまだに53人の遺体の身元の特定が出来ていません。なお、行方不明者が3人減ったのは、新たに3人の方の身元が判明したからです。

東日本大震災の行方不明者の推移

震災発生から5年経過時の2016年3月警察庁「東日本大震災に伴う警察措置」によりますと、
東日本大震災は、① 津波の甚大な被害が極めて広範囲にわたっており、行方不明者の捜索、被災地の復旧・復興は長期化、② 福島第一原子力発電所の事態収束までには相当の期間を要しこれまで経験したことのない様々な困難を伴う対応が必要、③ 津波により街全体が流されて家や職場を失い、被災者が各地に分散して避難することにより、従来の地域コミュニティが崩壊し、地域社会の犯罪抑止力が弱体化するおそれ等、過去の災害とは全く異なる特有の状況を有する災害とされます。
被災地への特別派遣人員を阪神淡路大震災の場合と比較すると、阪神淡路の場合は、派遣日数が196日間、延べ人員が約42万6,500人なのに対し、東日本大震災の場合は、派遣日数が1,828日間(5年間派遣を継続)、延べ人員が約132万8,700人となっています。
行方不明者の捜索状況についても、阪神淡路の場合は、発災10日後に一斉捜索を実施、約1か月後に行方不明者が2人となり、54日後に最後の御遺体が発見されているのに対しまして、東日本大震災の場合は、2016年3月11日現在の行方不明者が2,561人と5年経ってもご遺体が発見されてない行方不明者が極めて多くなっています。
2024年の行方不明者数は当時より41人減っていますが、近年は、ご遺体の身元判明や、行方不明者とされていた方が他の地域に住んでいたと分かった場合などがその原因となっています。

東日本大震災の行方不明者が多い理由。大津波への対策は!?

東日本大震災の行方不明者が多いのは大津波の引き波で海に流されてしまった人が大勢いるためと考えられますが、震災直後、民間企業による「東日本大震災 津波調査」が実施されています。
これによりますと、生存者推測の亡くなった方が津波から逃げきれなかった理由は、複数回答で、最も多かったのは「避難経路に渋滞やがけ崩れなど障害があった」という回答で、亡くなった方全体の18%にのぼっています。
自由記述の中にも「渋滞で身動きが取れず車ごと流された」という回答がいくつか見られました。向かうべき避難場所が分かっていても、途中で障害に遭うことも念頭に置き、複数のルートを把握しておくことが生死の分かれ道となったようです。
徒歩で逃げる場合、渋滞があっても脇道に逃れる等、方向転換も臨機応変にできます。一方、人の足ではスピードが出ず、全力で走っても津波に追いつかれてしまったという回答もありました。
普段から、自宅や職場等から避難場所へ向かうルートの状況をいくつかのシミュレーションをもとに具体的に想定し、いざという時の非難する手段を考えておく必要があるでしょう。
「南海トラフ地震」の発生が現実の課題となっている今、大津波対策は極めて重要です。

地震大国日本の今後の震災対策の充実に向けて!?

超巨大地震「南海トラフ地震」について、政府は「30年以内に70~80%の確率で起きる」と予測しています。この数字については、その根拠が「南海トラフ地震」だけが特別扱いで、他の地域で示されている地震の発生確率とは、同列に比較できないとの指摘がみられます。
実際、今年1月1日、石川県能登半島をマグニチュード7.6、最大震度7の「令和6年能登半島地震」は、石川県内で2020年から30年以内にマグニチュード6.5以上の揺れが起きる確率は「0.1~3%未満」だったことから、この数字についての批判的見解も多くみられます。
2016年の熊本、2018年の北海道・胆振も同様に発生確率が高くないとされてきた地域で発生した地震であり、上記の批判は一定の説得力を持つと思いますが、むしろ、日本は、列島の地盤を考えると、どこで地震が発生してもおかしくない地域であり、日本全国で、必要な震災対策を講じるべきと考える必要があるでしょう。
こうした中で高知県黒潮町の「事前復興」の考え方は注目されます。
2012年3月末の南海トラフ地震シミュレーションで、同町が最大34.4メートルの津波に襲われる危険があることが明らかになったことを契機に、同町の「犠牲者ゼロ」を目的に、①自宅から出られるだけの耐震化のための補助、②住民が、世帯の構成、避難所まで所要時間・ルートを記入する「避難カルテ」を利用して道路や避難所の整備に生かす、③更には、「事前復興町づくり計画」、すなわち、被災後にどのような町に住みたいかを想定した町づくりとして、実際に地震が来る前に、例えば高台の造成、役場の支所の移転を計画を策定する、といった取組を行っています。
正に、東日本大震災からの復興で被災地が取組んでいる防波堤の整備や高台への諸機能の移転等も含め、これらをあらかじめ行おうとするものですが、現状では、予算の制約等の課題があります。
大津波が想定されない内陸の地域でも、地域で想定される地震の形態を具体的に想定、常日頃から対策を進め、地震が発生した場合に「想定外」とならないような手立てを講じる必要があります。

まとめ

東日本大震災は、私たちの人生において経験したことのない未曽有の大災害でした。決して忘れることがあってはなりませんし、その教訓は将来に向けて活かしていく必要があります。
東日本大震災から13年という機会に、改めて震災で亡くなった方のご冥福をお祈りし、また、被害に遭われた方にお見舞い申し上げるとともに、震災復興が進みますことを心からお祈りします。
また、「事前復興」という考え方も含め、地震大国日本の地震への備えがより一層充実するよう、私たち一人ひとりが取組むことの大切さを肝に銘じたいと思います。

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